カンボジア国旗には3本のストライプがあり、真ん中の赤いストライプは上下の青いストライプの2倍の大きさである。国旗の中央にはアンコールワットが描かれている。
カンボジア国旗には3本のストライプがあり、真ん中の赤いストライプは上下の青いストライプの2倍の大きさである。国旗の中央にはアンコールワットが描かれている。
カンボジアは建国以来、約10の国旗を変えてきた。クメール帝国の最初の国旗は、黄色の三角形と緑色の輪郭を持つ旗で、1863年まで続いた。
1863年から1948年までは、フランスの保護領であったカンボジア王国の国旗があり、赤地に青の輪郭で、中央にアンコールワット王宮が描かれていた。
1941年からの日本によるカンボジア占領時代には、赤地に大きな白い正方形が中央に描かれ、小さな正方形の角と中央にも正方形が描かれた国旗が制定された。第二次世界大戦と1945年の日本の敗戦後、フランス保護領の旗が復活した。
カンボジアがフランスから政治的自由を得ると、新しい国旗が採用され、上下に2本の青いストライプと、その間に2倍の幅の赤いストライプが入り、国旗の中央にはアンコールワットの白い像が描かれた。
1970年の軍事革命後、カンボジアはクメール共和国と改称され、独裁政権が樹立された。国旗は青地に右上に3つの白い星、左上にアンコール・ワットが描かれた赤い長方形だった。
1975年、クメール・ルージュの指導者ポル・ポトが政権を握り、国名を民主カンプチアと改めた。ポル・ポトの旗はシンプルなデザインで、赤地に黄色でアンコール・ワットに似た宮殿が描かれていた。
1979年にベトナム軍がカンボジアに侵攻した後、救援戦線が政権を握り、カンプチア人民共和国を樹立した。この時期のカンボジア国旗は、塔が3本ではなく5本だったことを除けば、以前の国旗とよく似ていた。
1990年、カンボジアの国旗に青いストライプが入り、国旗が半分に分かれ、背景に青と赤の水平2色旗、中央に王宮が描かれた。
政府は国連の管理下に置かれ、1992年にカンボジアの安定が回復した。この時期の国連旗は、青い布地にカンボジアの白い地図が描かれ、中央に「Kampuchea」と刻まれていた。国連は世界各地で平和維持の役割を担っているが、暴力の影響を受けたカンボジアの安定を取り戻すためにUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)が創設された。カンボジア史上初めて主権国家を統治し、選挙を成功させた組織である。
1993年、クメール・ルージュの崩壊と王政復古の後、フランス統治後の国旗が採用され、現在も使用されている。